健康・快適・エコロジー ソーラーよりも、原子力よりも、高性能な薪ストーブを
造形の自由の中にコルビジェが与えた秩序は抽象幾何学であったが、そうした工業化や幾何学的な秩序からも開放されてしまうと行き着く先は内なる形の具現化となるのだと思う。そこには新たに哲学という秩序が必要となる。ルドルフ・シュタイナーの時代は建築が表現の核を求めた時代であり、それが人智学という哲学の発生と重なった。
幾何学を超えて二次曲面、三次曲面の表現は工業化には適さない。コンクリートの可能性を予見させてはいたが、初期の表現主義はレンガにモルタルを塗ってコンクリートのように見せた建築もあった。表現主義建築は非常に不合理な建築である。工業化によって曲がった不揃いな材料は一度製材され真直ぐな平らな材料となる。真直ぐな材料からまた曲線を切り出して作るのが現在の表現主義の工法である。完成した建築は近寄りがたいほどの存在感を持つが、不規則な造形にはどこか土着建築的な親近感を併せ持つ。人智学の中では完成までの達成感やそこまでしても表現したいものが重要な意味を持つのかもしれない、しかし客観的には純粋な土着建築のほうが受け入れやすい。
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