健康・快適・エコロジー ソーラーよりも、原子力よりも、高性能な薪ストーブを
ライトの建築は構造を意識させない。ミースもコルビジェも柱が無いんだぞ、壁が無いんだぞということを言いたくてたまらない建築なのに、ライトの建築は景色や空間に見とれてしまい、一歩引かなければ構造は見えてこない構造的には極限まで絞りながら、それが当然の様に堂々と建っている。意識させない様、偽造工作をしてまでしている。
光についても意表をつく。建物のコーナーや天井きわ、の普通だと一番暗くなる部分から光を入れる。すると天井を低くしているにもかかわらず閉塞感の無い空間が出来上がる。 影を造る事を許されるのは地面から生えたような暖炉と岩の塊のような頼もしい柱のみ、床は外部から連続し、白い天井に光を反射する。
ライトの建築をたくさん見てきたが、個人的にはタリアセンイーストが一番好感を持てる。 落水荘にしてもジョンソンワックス本社にしても時代の先端を行くためにかなり無理をしていて今となってはそれが痛々しい感じがする。 無理をしなくても十分すばらしい建築なのに時代を勝ち抜くために戦ってきた感じだ。 近代というのはそういう時代だったのかも知れない。
合理化は総べての人に有効で価値のある物だが
小菅
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